桃源児の桃源郷日乗

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help リーダーに追加 RSS 武蔵塚公園 (Musashi-tsuka park)

<<   作成日時 : 2008/05/30 23:38   >>

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遺言 
「世話になった細川家の行列を、せめて地下から見送りたい」
その遺言に従って、武蔵は細川家の参勤交代の行列が通る大津街道沿いの地に、甲冑を着た姿で葬られました。
それが武蔵塚。現在、その周囲は公園整備されています。
以前の記事”武蔵と手向山”(http://t-genji546.at.webry.info/200804/article_11.html)
で書いた通り、筆者は武蔵は改葬されていると思うのですが、最初に葬られた地として、やはり此処は大切な場所。
画像


公園内にある武蔵先生の銅像です。
自画像とも言われている有名な肖像画を元に作られていますね。

墓所 
筆者が初めて、この地を訪れたのは小学生の頃でした。
家族でドライブしていた途中、此処に立ち寄ったのですが、その頃にはまだ、今のような公園にはなっていませんでした。
今、東屋と池がある辺りに、ゲームセンター武蔵という店があったことをうっすらと記憶しています。
銅像から奥まった方へと進んでいくと、ありました。
画像


武蔵塚です。
更に、To あーさん。
画像

画像


武蔵塚の前には、何故か狛犬が。
二天一流は神道よりも、禅の影響を強く受けているのですが、まあ、昔は神仏習合ですからね。あまりこだわりがなかったのかも。
塚の側にあるガラスケースには、線香が入っていましたので、手向けさせてもらおうと思ったのですが、マッチもライターもない。筆者、タバコを吸わないので、持ってません。
残念
手だけを合わせました。
「我、此処に滅す。されど、我が兵法は不滅なり」
そんな言葉が脳裏に甦りました。
木枯らし紋次郎で有名な笹沢左保先生、宮本武蔵も書いています。
その最終話、武蔵先生の臨終の言葉です。

蛇足知識
笹沢左保というのは、実はペンネームです。奥様のお名前が笹沢左保子様。つまりは、ここから筆名を考えられたのですね。愛妻家だったんでしょうね。
脱線しました。

天を仰ぎて実相円満。兵法、逝きて去るが絶えず
そんな言葉も浮かびました。こちらは、手向山の武蔵の石碑に刻まれている言葉。
武蔵先生がこの世に遺された心と技、現代にもちゃんと伝わっています。
筆者も、それを伝える一人でありたいと願っています。
次回、熊本紀行、最終回。

The Will
"I want to keep an eye on Hosokawa family's procession from the under the grave"
They put on an armour Musashi's body and burried road side of Otsu kaido as his will.
That is Musashi tsuka.Now they made it a park.
In one of my article "Musashi and Mt.Tamuke"I wrote that Musashi's body was dug out
and burried in another place.
But Musashi was burried here first so this is an important place.
This is Musashi's statue in the park.
The model of this statue was a famous picture of him and some people say that picture
is self-portrait.

The grave
When I was an elementally school student,I came here 1st time.
Then our family drove around Kumamoto,we came by here.
At that time it wasn't such a park.
Now there are a pond and a summerhouse in old days there was an amusement arcade whose
name was "Game centre Musashi"I remembered it.
I past by the statue and I found it.

This is the Musashi-tsuka (tomb)
And these pictures to Mr.Ah-san.

In front of the tomb,there are 2 statues of komainu.
Musahi's style Niten-Ichiryu is influenced by Zen sect of Buddism and it was not so
influenced by Shinto.
But in old days our ancestors believed that gods and buddhas are same.So it might be natural
that they put komainu in front of tombs.
There is a glass case the side of the tomb.I found some sticks of incense in it.
I wanted to use them but there were no matchboxes or lighters.And I don't smoke so I didn't
have them then.
It's a shame
I had to give up and prayed for Musashi.
"I am dying but my martial arts won't perish"
I remembered that word.
Mr.Sasazawa Saho,he is famous for a novel "Kogarashi-Monjiro"
He also wrote "Miyamoto Musashi"
In the last episode of it,Musashi said so.

Trivia
Actually the name of "Sasazawa Saho"was his pen name.
His wife's name was Sasazawa Sahoko.He must made up his pen name from her name.
I guess he loved his wife very much.
I digressed.

Looking up the sky,everything is peaceful and perfect.My martial arts pass away but never die
I also remembered this word.
This one is engraved on Musashi's monument on the top of Mt.Tamuke.
Musashi left his spirit and martial arts in this world and many people have taken them
even now.
I'd like to be one of such people.
Next time it will be the end of Kumamoto trip.

宮本武蔵〈8〉玄の巻 (文春文庫)
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コメント(32件)

内 容 ニックネーム/日時
目鼻立ちもはっきりとした凛々しい銅像ですね。
「我、此処に滅す」の下り、いつもながら素晴らしい英訳ですね。
原文の語感さえ伝わるようです。
そう言えば、実相という名前(ファーストネーム)の同級生がいましたが、「じっそう」と呼ばれていたので本名を忘れました(;・∀・)
普通の訓読みじゃなかったような気がするんですが・・・
(あとLooking toのところ、uoになってます、いつもスミマセン)
nyatto
2008/05/30 23:59
この銅像、テレビドラマで見る武蔵のイメージとは違って、刀は持っていてるもののちょっと学者風ですね。
桃源児さんの記事を拝読していると、武蔵哲学なるものもありそうなので、学者然としているのも当然かもしれません。
ゲームセンターがなくなり、公園になったのは良かったですね。
武蔵の心と技、しっかり後世に伝承してください。
タヌ子
URL
2008/05/31 00:53
nyattoさん、ファーストネームが実相さん?うーん、どう読むんでしょう。当て字でしょうね。
この銅像、外人のように目鼻がくっきりとしています。
ご指摘ありがとうございます。早速、修正いたします。
桃源児
2008/05/31 00:54
タヌ子さん、この銅像、老境の武蔵先生ですから、やはり荒々しさがなくなり、学者風にも見えるようになった頃の姿と言えるでしょうね。
はい、文と武を以って、武蔵先生のことを伝えたいと思っております。
桃源児
2008/05/31 00:57
幼い時から、宮本武蔵に触れていらっしゃったのですね。
そして、だんだん興味をもたれ、武蔵の魅力に引き込まれて行ったとそうぞうします。
なかなか、ここまでは出来ないものですよ。
目指すものや師匠とするものが心の中にあると言うことは、いいことですね。
ひー
2008/05/31 04:09
ひーさん、やはり北部九州には武蔵の足跡が多く残っています。偶然なのかそうではないのか、よくそうした場所等に触れることがよくありました。
長じて、ついにその兵法まで学ぶことになるとは、奇縁かもしれません。
桃源児
2008/05/31 07:10
おはよう御座います〜♪
以前の記事(武蔵と手向山)は旅行中で読んでなく
読ませて頂きましたが、幼い頃から武蔵さんに
関心をお持ちだったのですね。
素晴らしい事です。
私も桃源児さんのブログを訪ねるようになって
から、少しずつ時代物に目を向けるように
なりました〜サンキューです<m(__)m>
今日の記事の狛ちゃんtoあーさんには笑いが出て
柔らかい文になって良いですね。
ミモザ
2008/05/31 07:20
ミモザさん、おはようございます。
幼い頃は、今程の関心はなかったかもしれませんが、やはり何か気になる人でありました。
やはり、狛ちゃんとくれば、あーさんですから。
あーさんのお越しが楽しみです。
桃源児
2008/05/31 07:43
武蔵先生が残された心と技ですか。
いいですね。
私も子供の頃に剣道と併せて、演武も習っていました(二刀では無いが)。そこで精神面での鍛練を習いました。演武とはいえ剣を使用する為、相手がいる事なので失敗すれば大怪我につながります。二刀では更に難易度が上がります。それに兵法としてですから、なおさらですね。心と技を極めたからこそ、武蔵先生は二天一流を残せたのでしょうね。
K.TAKA
2008/05/31 10:05
K.TAKAさん、筆者も子供の頃、剣道を習っていました。その後、長いブランクを経て、今、二天一流を習っていますので、少し苦労してます。
二刀もそうですが、片手のみの技も多く、また、攻防一体になった、誠に理に適った兵法。
これだけの心と技を遺してれたことに感謝しています。
桃源児
2008/05/31 10:50
たしかに〜
穏やかな顔 姿ですね 
老練な感じもしないし 
これが 達観の境地なんですね(^^)v

笹沢左保さん〜
そういうことですか
どこか〜あったかい感じがします (^_-)-☆
維真尽
URL
2008/05/31 11:30
武蔵のお墓に線香をあげてやりかったでしょうね。
今はなき自分の師匠ですから・・・。
死んだ後に、自分の埋めてもらう場所を、参勤交代の通り道にしてもらうあたりは、義理堅い男だったのでしょう。
たくたくろ
URL
2008/05/31 11:30
維真尽さん、正に武も文も知る姿。そんな銅像です。
笹沢先生、若い頃は無頼な生き方もなされたようですが、奥様に感謝していたんでしょうね。

たくたくろさん、タバコを止めてしまったので、火を持っていないのが残念でした。
武蔵先生、武士としての義理や仁を弁えた方だっただろうと思います。
桃源児
2008/05/31 12:42
この公園のことははじめて知りました。
子供のころにも行ったのですね。

子供の頃、親の転勤の関係で九州に
短期間住んでました。
でもそのころは天神(福岡)とかは
デパートなどあったものの、まだ発展途上でした。

最近TVで天神の映像が映ってビックリ!
近代的なビルが立ち並んでいるんですね。
ひろき
2008/05/31 14:43
ひろきさん、この公園、熊本市街からは郊外のような所になります。
九州に住んでいらしたんですね。お言葉通り、最近の天神は気後れしそうな位に都市化しました。
桃源児
2008/05/31 15:14
こんにちは。 あし@からお邪魔します。
いろんなところでお見かけする方ですね。
記事を英語にされているってすごいです。
ふしぎ男
URL
2008/05/31 17:10
こんにちは。
また貴重なものを拝読させていただきました。
狛犬も象徴のひとつなのでしょうね。
勉強になります。
つぼ焼き村役場
URL
2008/05/31 17:41
有名な浪人の様なざんばら髪の絵が
宮本武蔵さんと思っていたので、
この銅像、とてもかっこいいです。
 ざんばらがかっこ悪いわけではありません。
武士にまつわる ことわざ 沢山あるけれど
やはり、TPOをわきまえていらしたんですね。

2008/05/31 19:42
ふしぎ男さん、ようこそ、お出で下さいました。お名前は、たくたくろさんの所などで拝見しておりました。
御気に召しましたら、どうぞまたいらして下さいませ。

つぼ焼き村役場さん、仏式の塚に狛犬?と最初は思ったものの、神仏習合ということを考えると、納得という感じですね。

桃さん、武蔵先生、浪人時代はざんばらだったかもしれませんが、やはり客分となったからには、それなりの格好をしていたのではないかと思います。
桃源児
2008/05/31 20:11
 彼は武芸者でありしかも哲学者でもあったようですね。両者揃った人物はまれだと思いますが…
 この点は小次郎は如何でしたか?
たそがれ
2008/05/31 21:41
たそがれさん、武蔵は文も武も身につけた稀有な達人でした。
小次郎は残念ながら、敗者なので実像がよく伝わっていないのです。敗者は歴史から消されるのが宿命ですからね。寂しいことです。
桃源児
2008/05/31 21:59
笹沢左保氏の名前は、珍しいお名前と思っていました
そういう由来があったのですね
木枯らし紋次郎は好きで、ビデオに録ってあります
FREUDE
URL
2008/05/31 22:20
FREUDEさん、木枯らし紋次郎、中村敦夫さんの当たり役でしたね。
映画で、菅原文太さんも演じましたが、やはり物足りない。
桃源児
2008/05/31 22:50
出遅れました <(_ _)>

わが愛する狛さまが武藏先生をお守りしてるなんて
なんとも嬉しい話です♪

ところで、フッと思ったのですが、桃源児さんには
宮本武藏関係の作品はおありですか?
あーさん
URL
2008/05/31 23:56
あーさん、筆者のデビュー作”渡り侍 佐々木小次郎<青年編>”には、宮本武蔵、登場しています。
武蔵本人については、二天一流の宗家に、いつか書いて欲しいと言われています。まだ具体的な予定はありませんが。
桃源児
2008/06/01 00:01
「世話になった細川家の行列を、せめて地下から見送りたい」という遺言。
本当に恩を忘れない人だったのですね。
武蔵の偉大さは技だけでなく、彼の人間性にもあるのがよくわかりました。
夢子
URL
2008/06/01 06:28
夢子さん、武蔵は兵法に優れていただけではなく、人間としても優れていた人物だった。心からそう思います。
だからこそ、今でも多くの人々に影響を与えているんですね。
桃源児
2008/06/01 09:08
武蔵といえば・・・
アタシの中ではやっぱり正月12時間ドラマで萬屋錦之介が演じた武蔵が強烈でしたわ〜
その遺言だけでも人となりが感じられますわね。
みっちゃん
URL
2008/06/01 16:19
ついにきましたね武蔵塚。
最近はあまり行かないですが、1年ほど前は子供を連れて良く遊びに行っていました。
実は隣に龍田市民センターがあるのですが、そこの図書館には武蔵の五輪の書(もちろんコピー)など武蔵ゆかりの書籍が結構おいてありますよ。
虎龍
2008/06/01 20:48
神仏習合は色々な場所で見かける事ができます。
初詣で有名な某大師は境内に、やはり大きな神社が祭られています。
地元のボランティアの方が説明してくださいました。
By B
URL
2008/06/01 22:45
今日の午後4時頃、たまたまですが、BSで佐々木小次郎と宮本武蔵についてグルメリポーターの山本真司さんと元ボクサーの赤井さんが謎解きのために番組をやっていたのを見ましたが、勉強になりました。
土方副長
URL
2008/06/01 23:18
みっちゃんさん、武蔵=萬屋錦之助さんというイメージは強いですね。筆者も中村錦之助時代の”宮本武蔵5部作”のDVDを所有しています。

虎龍さん、そうだったんですか。知らなかった。龍田市民センター、寄ればよかったなあ。

By Bさん、明治になって神仏分離という命令が出たものの、やはり、そう簡単にはいかなかったのでしょうね。
神仏分離が徹底して行われたのは、鹿児島位でしょうか。

土方副長さん、その番組、筆者も見ました。今年の初め、地上波で放送されました。それに触発されて、巌流島を訪れました。その様子は、宮本武蔵のテーマの中、巌流島渡航記に纏めています。
桃源児
2008/06/01 23:37

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